2018年 10月 13日
「~という行為はハラスメントになりますか?」 |
今でもコンプライアンス研修やハラスメント防止研修の後などでコンスタントに出てくる個別質問として、こんなものがあります。
「うちの職場で~という行為がおこなわれているのですが、これはハラスメントになりますか?」
これに対する私のコメントは、毎度ほとんど同じです。
「それだけでは判断できません。どちらの可能性も考えられます」
ハラスメントの何が厄介かって、判断が非常に微妙で難しいこと。一見そっくりの行為であっても評価が正反対になることもありますし、被害者、加害者、周囲の人達、それぞれの言うことが全く異なる、という状況も珍しくありません。ですから、それまでの経緯、詳細な事実関係、様々な当事者の心情、などをひとつひとつ慎重に確認していくことが欠かせません。
ハラスメントについて正しい判断をするためには、まずは「ハラスメントは単純に白黒がつけられる事柄ではない」という前提を出発点にすることが重要です。「~ならハラスメント、~ならハラスメントではない」というすっきりした判断基準を求めたくなる気持ちや必要性もわかりますが、それは無理です。逆に、この点をきちんと心得ていれば、判断や対応で大失敗するリスクはかなり小さくなります。非常に重要でありながら、依然として見過ごされたり誤解されたりしていることが多いポイントなので、繰り返しになりますけれど念のため。以前も言及しましたが、ハラスメント対応の原点は、「ハラスメント対応は一筋縄ではいかない」です。単純化できないものを無理やり単純化するのは一種の歪曲です。
ちなみに、私が受験生だった頃、予備校の日本史の先生がこんなことを言っていました。これと状況が似ているかもしれません。
「よく、『平安時代とはどんな時代だったのか、一言で教えてください』と質問してくる奴がいる。そんな質問に、私はこう答えている。『平安時代とは、一言では表現できない時代だ』」
「うちの職場で~という行為がおこなわれているのですが、これはハラスメントになりますか?」
これに対する私のコメントは、毎度ほとんど同じです。
「それだけでは判断できません。どちらの可能性も考えられます」
ハラスメントの何が厄介かって、判断が非常に微妙で難しいこと。一見そっくりの行為であっても評価が正反対になることもありますし、被害者、加害者、周囲の人達、それぞれの言うことが全く異なる、という状況も珍しくありません。ですから、それまでの経緯、詳細な事実関係、様々な当事者の心情、などをひとつひとつ慎重に確認していくことが欠かせません。
ハラスメントについて正しい判断をするためには、まずは「ハラスメントは単純に白黒がつけられる事柄ではない」という前提を出発点にすることが重要です。「~ならハラスメント、~ならハラスメントではない」というすっきりした判断基準を求めたくなる気持ちや必要性もわかりますが、それは無理です。逆に、この点をきちんと心得ていれば、判断や対応で大失敗するリスクはかなり小さくなります。非常に重要でありながら、依然として見過ごされたり誤解されたりしていることが多いポイントなので、繰り返しになりますけれど念のため。以前も言及しましたが、ハラスメント対応の原点は、「ハラスメント対応は一筋縄ではいかない」です。単純化できないものを無理やり単純化するのは一種の歪曲です。
ちなみに、私が受験生だった頃、予備校の日本史の先生がこんなことを言っていました。これと状況が似ているかもしれません。
「よく、『平安時代とはどんな時代だったのか、一言で教えてください』と質問してくる奴がいる。そんな質問に、私はこう答えている。『平安時代とは、一言では表現できない時代だ』」
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by sendanaoto
| 2018-10-13 08:35
| ハラスメント
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